運命の女の子

ヤマシタトモコ「運命の女の子」、講談社

長編3編と表記されていますが、このページ数でも「長編」なのかしら。不思議。
個人的な印象としては中編くらいの感覚でした。



・「無敵」

各部品の集合体としては正統派な黒長髪の美人さんな要素のはずなのに、何故か美人さんに見えないという脅威の描写力、とでも表現すればいいのでしょうか。

まったく魅力を感じさせないというのが、逆説的にすごいです。


容疑者の主張と刑事さんの告発とが対立していて、読者には何が真相かわからないという構造は、もしかしたら(生半可な知識で知ったかぶりすれば)後期クイーン的問題というお題目なのかしら。

絵で描画されている事柄と、人物が発話する台詞とが齟齬をきたす表現は、マンガという技法ならではのものと言ってもいいのかしら。
……、とか書いたものの、マンガに限らず映像作品ならできることなのかもしれません。


作中では描かれていませんが、この後は刑法39条(うろ覚えだったので慌てて調べたら案の定、数字を間違えて覚えてました)とかの方向になるのかしら。

自分を「無敵」だと自覚した人はタチが悪いですね。


こんな法的抜け穴がある以上、もっとこういった事件が頻発しても不思議ではない気がしてしまうのですが、意外にも現代日本の社会秩序はそれなりに抑止効果があるように思います。

報道されなくて知らないだけで、実際にはいろいろ起きているのかもしれませんが、知覚されなければ存在しないのと変わりませんし。

そんなわけで、法の抜け穴を意識した行動であればまだ社会的な機能は残っていると思えて安心できますが、
ニュースの中のどこか遠くの世界ではそんな社会的秩序とは相容れなさそうな方々が躍動なさっているようで、現実は虚構よりもよほど恐ろしいと思うのでした。



・「きみはスター」

優秀な男子は屈折したら女装しなければならない世界線みたいなものでもあるのかしら。

とか考えてしまう自分は「女装すること」を何か特別な理由がなければしてはいけないもの、みたいな固定観念があるのかもしれません。

本作の場合はその敷居が低めで、なぜそこで女装!、みたいな唐突さを感じましたが、もしかしたらカイくんはゆかりさんの立場に立ちたかったということなのかしら。

姉妹がいると案外なんてことない垣根なのかもしれませんが、男兄弟しかいない身には、ちょっと想像が及ばない世界です。

ともあれ、白眉は、カイくんの前で公子さんに心情を吐露させしめた時のゆかりさんの何ともいえない高揚したような表情ではないかと思います。

三角関係に見えてほとんど蚊帳の外だった自称「善良」なゆかりさんの、外面だけ取り繕っているような空虚な会話の中で、唯一、本心らしいものが顔に現れた場面ではないでしょうか。

黒長髪美人さんはこうでなくては。



・「不呪姫と檻の塔」

映画「アナと雪の女王」や映画「マレフィセント」で試みられた『真実の愛』を探究するお話に対して、ものすごく根源的な解答を見た気がします。

愛とは呪いであり祝福である。みたいな。

出生時に呪いをかけられる制度が普及した未来の時代のお話。

元服みたいな通過儀礼が制度化したようなものとでも解釈すればいいのかしら。

「のろい」と読むと相手に負の影響を及ぼすものに見えますが、「まじない」と読むと、単なる誕生の祝福なのではないかとも思えます。

ただ、その祝福が、肉親から与えられるのではなくて、お役所で一括管理されているというのがなんだか皮肉というか、そんな設定も「家族愛」には帰結しないためのものなのかもしれません。

なんだかんだで家族って大切よね、と声高に叫ばなければならない現代にあって、あえて外的な異性の存在を強調することも、時には必要なのかもしれません。