世界堂書店

米澤穂信編「世界堂書店」、文春文庫

世界のいろんな短編寄せ集め。



「源氏の君の最後の恋」

源氏物語をほとんど未読なのでわからない部分も多いですが、
無理やり自分の守備範囲に近づけるなら、えろげやらのべ的なはーれむ空間の、その後、的な。

主人公さんがすったもんだの遍歴を経て、固有ルートに入ったり別離に至ったり。



「破滅の種子」

贈った相手を不幸にする呪いの宝石のお話。

購入した(対価を支払った)場合は呪いが発動しない、という不思議な条件ではありますが、そういえば等価交換な魔法の世界では当たり前のことなのかもしれません。

このお話の怖いのは、息子はあの結末をわかって(狙って)いたのか、それとも理解していなくて純粋な好意だったのか、どちらとも読み取れてしまうところではないかしら。

意図的なものだとしたら悲しいですし、意図的でないとしても悲しいです。

言葉って難しい。



「ロンジュモーの囚人たち」

とある幸福な夫妻が自殺に至るまでのお話。

街から出られなくなる呪いというと、なんだかゲーム脳の発想にも思えます。

最近だと、まどまぎ叛逆編とかも、この系統でしょうか。

制限された空間が脱出する手段は、悲しいものでした。



「シャングリラ」

宇宙探索のお話。

かと思いきや、麻雀が世界を革新するお話。

生態系というのは何がきっかけで変容してしまうかわからない、という教訓でしょうか。



「東洋趣味」

とある東洋の一画に滞在しているロシア方面の貞淑そうな若い人妻さんが失踪したお話。

王維さんって漢詩だけでなく絵画も嗜まれていたのか、とか無知すぎて恥ずかしくなります。

阿片がどうこうも含めて、奇遇にも先日観た映画「渇き。」と重なる部分を感じます。



「昔の借りを返す話」

日々の暮らしに疲弊したご婦人が保養地で静養するお話。

落ちぶれた元役者さんへ借りを返したのかと思いきや、手紙の相手へ返したっぽいあたりは、なんだかよくわかりません。

あのとき助けてもらったから今度はこちらが助ける番、みたいな単純なお話ではなさそうです。

そもそも人間関係における貸し借りという概念が欠けているぼくのような読者には、にんともかんとも。

人間関係において貸し借りというと何故かネガティブなニュアンスが含まれるような気がしてしまいます。



「バイオリンの声の少女」

表題そのまんまの、なんとも直截的なお話。

父親には娘の変化を感知できない、その断絶が悲しいです。



「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」

ストーカー屋さんのお話だと思われますが、「私」の正体がはっきりしなくて不気味です。

やんでれ系のゆりゆり物件として読む分には、まあ、うん。



「いっぷう変わった人々」

嬉しくなると宙に浮いてしまったり、影が無かったり、鏡に姿が映らなかったりという「いっぷう変わった」少年少女が、秘密結社オリジナル・クラブを結成するお話。

今ならちゅうに病とか言われそうな、若さゆえの一過性の特性でしょうか。

あとがきで編者の人が書いているとおり、前述の「バイオリンの声の少女」に通ずるものがありそうです。



「連瑣」

亡くなった女性が生き返るお話。

漢字とフリガナが違いすぎて、でも意味合いはなんとなくわかるような感じで、読みにくいったらありゃしません。

漢文を原語で読めるような人にはなんてことないのかもしれませんけれども。

翻訳屋さんの巧みさとも言えるのかもしれません。

ヒロインさんのはすっぱな感じも日本語ならではなのかしら。



「トーランド家の長老」

権力の頂点に立ちながらも老いて自由がきかなくなったお年寄りに、善意の闖入者がおせっかいをやくお話。

これまたあとがきの編者の人の書くとおり、もうやめて、やめてさしあげて、と言いたくなります。

闖入者さん自身は悪気がないどころかいいことをした風に満足げなのも、いたたまれません。



「十五人の殺人者たち」

お医者さんの会合のお話。

表題に反して、「イヤ」じゃないミステリの好例かもしれません。

こういうものがあるから世界はおもしろい。



「石の葬式」

ひょんなことから露わになった棺のうちひとつには、石が詰め込まれていました。
はたして、その中身はどうなったのか。

ということで、神父さんが村人に訊いて回るうちに、その真相が明らかになってきたりこなかったり。

大半は別章立ての回想っぽい感じで説明されるので、神父さんが真相にたどり着けたのかはよくわかりません。

えろまんがばかり読んでいると世の中には性衝動しかなくてあらゆる事件の動機は性衝動であるかのように錯覚しますが、現実には必ずしも性的でない暴力や猟奇も存在するわけで、世界は広いなあと思います。



「墓を愛した少年」

表題通りのお話。

戦後日本の画一的でせせこましい石材のお墓を想像するのと、どこか外国の草が生い茂るような開けたお墓を想像するのとでは、意味合いがずいぶん違うのだろうなあと思います。



「黄泉から」

珍しく日本のお話。
戦争直後くらい。

なんとも不思議な趣の、不思議な余韻のある感じ。

不思議と書いて少し不思議を思い出したので、山寺グラフィティとか書いてみる。

提灯の風情。






そんなこんなで、全15編。
2ヶ月くらいかけて読んでいたような気がします。
正直なところくたびれましたが、普段自分では選ばないようなお話に触れるきっかけになったと思って満足しておきます。

編者の米澤穂信さんは、はじめの頃に読んだ古典部シリーズや小市民シリーズのおかげで爽やか青春学園ものなイメージがどうしてもつきまといますが、
それらシリーズものに通底する意地悪さや、その他単独の作品群からすると、元々こういうちょっぴり苦い方面の出自なのだろうと納得できる気がします。