メッセージ 感想

映画「メッセージ」を観ました。
6月3日、TOHOシネマズ川崎にて。
2D字幕版。
原作未読。

・キツネにつままれたようなとでもいえばいいのか、お話の構造に驚きつつもなんだか釈然としていない部分が。卵が先かニワトリが先か問題みたいな。

・回想のように見えていたものは実は予知夢でしたという認識でいいのかしら。

・得体の知れない対象とのファーストコンタクト。

・たしかに「正解するカド」と相通ずるものがあったように思います。
遭遇した相手が静的な存在で、いきなり攻撃を仕掛けてくるような侵略性が目立たないぶん、地球人側も受け入れる態勢をとりやすいというか。

・そういえば、「正解するカド」では初期に砲弾をぶち込むようなテストもやらかしていた気がしますが、場合によっては敵対行動と認識されかねない危険な行動だったりしたのかしら。
かといって、非接触・非破壊な手段で調査なんて、できることも限られているでしょうし。

そういえば「カド」の場合は民間の旅客機が中に取り込まれてしまったかもしれないみたいな、人命のかかった逼迫した状況でもあったから、多少は荒っぽくても急がねばならないという理由付けもあったのか。

「メッセージ」の場合はあのばかうけ側から入り口を開けてくれたのかしら。
それでも最初に入る人は度胸が要りそう。やっぱり無人探査機みたいなのから始めて少しずつ安全を確認しながら、みたいなステップがあったのかしら。
本作の前日譚みたいな部分にも俄然興味が沸いてきます。あのタンカで運ばれていった前任者を主人公にしたスピンオフとか。

いずれにしても、先陣を切って未知の対象を調査するなんて事態は大変そう。リタイアしてタンカで運ばれていくような人が出るのもむべなるかなではあります。

言語的アプローチに関しては、先方が象形文字的なプロトコルを理解してくれる相手でよかったということなのかしら。
たぶんあの種族の中で意思疎通する場合にはわざわざあんな非効率的な伝達手段を介さなくてもよさそうですものね。
おそらく、地球にやってきて、地球人の様子を観察する中で、どうやらこの星の人たちは空気を振動させて情報を伝達しているらしいというところまで分析して、同じようなやり方で対話しようと試みたものの、あいにく彼らには空気を上手に振動させる機能が備わっていなかったのか、あるいは単に不慣れなだけでもう少し練習を積めば話せるようになるのかはわかりませんけれども、ともかく、先方からも穏便に対話しようという姿勢が初期の段階で示されたのは、地球人側の対応にも大きく影響したように思います。
少なくとも対話する意志はある、一方的な侵略ではないらしい、というのがわかったはずなので。

日本のマンガやアニメに慣れていると、こういう場合に何か超常的な力であっという間に相手の言語体系を学習してしまって即座に対話が可能になるように思ってしまうのですが、異星間に限らず、同じ地球上でも異なる言語文化圏との接触においては、こういう繊細なアプローチがあったのかなあ、などと思いました。
マンガやアニメの場合はそういう言語体系のすり合わせが成立したその後を描きたい場合が多いと思うので、本題ではない部分を省略してしまうのも手法ではあるのでしょうけれども。
かといって、こういうファーストコンタクトに焦点を当てるという限定的なシチュエーションだと、バリエーションを増やすのも難しそうかもしれません。
何かしら画期的なアイデアでもないとn番煎じにすぎないことになりかねないというか。
そもそもぼくが知らないだけで、そういうファーストコンタクトジャンルとかたくさんありそうな気もしますし。



そんなこんなで、ファーストコンタクトの側面については、ものすごくおもしろく見ることができました。

一方で、主人公さんの選択については、どうにもぼくの中で消化しきれていません。
未来の出来事が見えてしまった場合に、そうなるとわかっていながらその選択肢を選ぶことができるかどうか。
未来を変えることができるかどうか。
あるいは、人間なんていつかは必ず死ぬということがわかっているのに、どうして生き続けようとするのか。
結果だけではなく過程が大切なのか。
既に未来視で一通り体験したことを、改めて自分の身で再体験する覚悟があるのか。

要は勇気と覚悟の問題なのかもしれません。