デュラララ×2承 外伝 第4.5話 感想

映画「『デュラララ!!×2承』外伝?! 第4.5話「私の心は鍋模様」」を観ました。(6月6日分)
TVアニメーション「デュラララ!!×2」公式サイト

原作未読。
テレビアニメシリーズ未見。

タイトルは聞いたことがあったものの、具体的にどういうお話なのか想像できない作品、という認識だったのですが、ますますわからなくなりました。

これぞ群像劇、という感じなのだろうなあ、とは思います。
それぞれに個別の経歴や背景や物語を背負った人たちがそれぞれにそれぞれの人間関係を持っていて、

  • AさんとBさんとが知り合いで、
  • BさんとCさんも顔見知りだけど、
  • AさんとCさんは直接の面識はなかった、

みたいなこともあるわけでしょう。

今回描かれた鍋パーティーでは、首無しさんがハブになっていたようです。
*1
表題もデュラハンから来ているみたいですし、物語の一応の中心は首無しな彼女なのかもしれません。


あ、いろんな具材が寄せ集まっている、この作品自体が鍋料理みたいなもの、ということなのですね。
なるほど。


舞台設定としては、現実に則した日常世界に、デュラハンのような怪異が紛れ込む形のように見受けられます。
少しばかり筋力が常軌を逸した方々もいらっしゃるようで、交通標識なんかをぶん回したりとかは非現実的ではありますが、
そういった超常的な現象も許容される世界なご様子。
そんな中でも、メガネ女子さんの家庭環境はなんだかひどいことになっていたりとか、けっこうグロテスクな面も露出しているご様子。
とくに学校での女子の人同士でのいざこざにあたって、流血沙汰にまで発展してしまうのは、ちょっと引きます。
モップの角はやばいですよ。
さっくりいっちゃいます。
というか、あんなことしちゃったら、彼女の自尊心やら何やら全部ズタズタで、逆恨みばかり募ってしまって、あまり賢い解決策ではなかったように思います。いずれ夜道で背後から襲撃される危険性を心配しなければならないレベルのように思えます。彼女は暴走族の人とかと少なからず接点があるらしいわけだし、かなり危険な無茶をしたとしか思えません。その場しのぎの応急対処だけでなく、恒久対策、標準化と歯止めを練らねばなりませぬ。


よく知らない人たちを寄せ集めて鍋パーティーとか、おそらくぼく自身には一生、縁が無いだろうと思います。

……、と書きましたが、大学の先輩の結婚式の二次会にお呼ばれしたときは、少し近い世界に触れたような気もします。たしか六本木とかあの辺だったと思いますが、なんだかこじゃれた建物を借り切っての一大イベントと化していて、自分の世界とはかけ離れた、なんだか華やかで賑やかで、よく言えばうるさい方々が、うぇいうぇいしていたように思います。場違い感に萎縮して隅っこのほうでおとなしくしていましたが、世の中には本当にああいう場が存在するのだと知った経験でした。

人の縁というのは、維持するためにそれなりの尽力を要するみたいです。離れてしまえば、それっきり。縁が尽きるのは儚くあっけないものです。『俺ガイル』で、いわゆる「リア充」なんて欺瞞の塊だと唾棄していたのが、だんだんと、そういう欺瞞とか馴れ合いをもってしてでも維持したい関係も在る、という方向へ変化してきているように思います。非リアの気持ちはリア充様にもわかるけれども、リア充様の気持ちは非リアにはわからないわけです。知らないのだから、わかり得ない。リア充様というのはそういった経験値の積み重ねによって形成されているのだとすれば、それは、つけ焼き刃ごときで太刀打ちできようはずがありません。
『ゴールデンタイム』の二次元くん番外編で描かれた、あのリア充様の存在が、今もまだ強く印象に残っています。
リア充の道も一歩から。

*1:余談ですが「ハブ」という単語は中継点みたいな連結するものとしての意味合いと仲間はずれみたいな意味合いとがあって文脈上めんどくさいですね。あまり使わないほうがいいのかしら。