虹の歯ブラシ 上木らいち発散 感想

早坂 吝「虹の歯ブラシ 上木らいち発散」 (講談社ノベルス)

前作「○○○○○○○○殺人事件」でも登場した上木らいちさんのお話。

前作では主観の視点が違ったので上木らいちさんがそこまで特権的な存在だったような印象があまりなかったのですが、(というか別の部分のインパクトが強すぎて子細までは覚えてなかったり)、表紙を見ると、上木らいちさんを主としたシリーズものになっていくのかもしれません。

上木らいちさんは広義の「探偵」ではあるかもしれませんけれども、職業としているわけではないので、収録されている事件について、気ままに興味本位で事件に近づくこともあるし、成り行きで巻き込まれただけという場合もあります。

そういう意味では、後天的な職業探偵ではなくて、先天的なナチュラルボーン探偵なのかもしれません。



以下、ネタバレ注意。




テーマは「虹」。

「紫」「藍」「青」「緑」「黄」「橙」「赤」という色で章立てされていて、それぞれの色にまつわる事件が描かれていく方向性。

色にまつわるどころか、かなり重要な要素になっていて、巧いなあ、と思います。

医学的な部分とか生物学的な部分とかがどこまで本当なのかわからないですが、そのうち気が向いたら調べてみようかな、くらいの気持ちでは居ます。



余談ですが、主観視点の一人称が「オレ」の場合に、まず性別トリックを疑うようになってしまったのは、我ながら歪んでいるなあ、と思います。

本作では主眼ではなかったものの、途中までは意図的に性別を明確にしないように書いてあるように読めて、これはもしや……、と期待したのに、何のことはありませんでした。



終盤、表題通りに、上木らいちさんが分岐して発散していく様子が、なんともおもしろいです。

可能性のモンスターみたいな感じ。

スペクトルとかいうものかしら。(よく知らない単語を使ってみたかっただけ)。

(余談ながら、他作品の致命的なネタバレになりますが、とある箇所で「沙耶の唄」を思い出したりもしました。)

ここに至る過程でも、手紙だったり電子メールだったりを「読む」描写がしばしば挿入されていて、「書き手/読み手」の存在を意識させるような布石はありましたので、驚きはしたものの、さほど唐突な感じはなくて、すんなり納得のいく感じだったように思います。

内容のぶっ飛び具合はアレですが。

方程式の解が複数あるというか、題意の読み取り方によって方程式がビミョーに変化してしまうさじ加減。

「彼女」という指示語が上木らいちさんではなくて別の交際相手を指しているのではないか、みたいなことまで疑ってしまいました。

本文中であからさまに太字で強調されたりしている部分もありますが、逆にそれがミスリードになっていて、本当の鍵はそこではないフツーの文にあるのではないか、という気もします。



個人的に最近見かける傾向として、途中の経緯や過渡応答みたいな部分は多様にマルチに分岐しても最終的には一点に収斂する傾向を見かけることが多いように感じているのですが、
(もちろん個人的な体感ですので、実態とは異なるかもしれませんけれども)、
この作品では、見事に、分岐したルートがバラバラに発散していったように思います。

……、とか書いたものの、小説媒体であっても、こういったマルチエンド方式を見かけたことがあるような気がしてきましたが、うーむ、思い出せない。

ゲームであればむしろマルチエンドは当たり前みたいな感覚もありますけれども、小説やマンガみたいな紙ベースの媒体だと工夫を凝らさないとならないということかしら。

電子書籍がもっと隆盛してきたら、往年のゲームブック的な分岐ものもやりやすくなるのかしら。

HTMLベースのテキストサイトなんかでは昔からあったのかもしれませんけれども。

マンガの場合は作者さんの労力がめちゃめちゃ大きくなりそうで実現は難しいかしら。

某ゲームのマンガ版みたく複数のマンガ家さんの手によって分岐ルートを別個に並列的に描きわけていく方式ならばいけるのかも。



そんなわけで、詭弁かとすら思うような論理展開であっても根拠を提示すればそれなりの説得力が生じる(こともある)ということなのかもしれません。

ロジカルロジカル☆



同作者の前作↓
○○○○○○○○殺人事件 感想 - 思い出の小箱の隅