超弦領域

大森望日下三蔵編「年刊日本SF傑作選 超弦領域」(創元SF文庫)を読みました

2008年に日本語で発表されたSF短編の傑作選です。

なんというか、SFってすごいなぁ、と。


法月綸太郎「ノックス・マシン」

探偵小説のルール「ノックスの十戒」を数理文学解析してみたら、複素数次元に拡張された物語生成空間上に、実体を持たない虚構の中国人さんが現れて、探偵小説の自立進化プロセスを支配していました、ってことになるのでしょうか?

この、イマジナリー中国人さんにお願いすれば、双方向タイムトラベルも夢ではなくなる、と。

ふむ、タイムマシンを開発するには、数理文学解析の発展が不可欠なわけですな。


林巧「エイミーの敗北」

集団的無意識であるエイミーさんの奮闘を描いているのだろうとは思いますが、
印象としては、長大な物語の中の一場面、みたいな感じかなぁ、と思いました。


樺山三英「ONE PIECES」

フランケンシュタインさんが生み出した怪物さんのお話です。

怪物さんが言葉を獲得して人間のように振る舞おうとしていくのに反して、人間様は次第にフランケン化していくのが、皮肉だなぁ、と。

原作は読んでいないのですけれども。
知的な怪物さんって、怪物怪物した怪物さんよりも怖そうですね。


小林泰三「時空争奪」

川は河口から始まって上流へ向けて成長していくように、
宇宙も終焉から少しずつ過去へ向けて成長しているらしいのです。

そして、その成長する宇宙が別の宇宙と干渉すると、そこで、時間の流れと時空領域の奪い合いが生じてしまうらしいのです。

ところで、作中では、時空争奪は勝者総取りっぽい描写になっていて、負けた側はかなり悲惨な目にあっているわけですが、
そりゃあ、まったく異なる宇宙が衝突してしまったらそうなってしまうのも仕方ないかとは思いますが、
比較的近い宇宙同士であれば、過去を共有することもできるということなのかしら?

つまり、並列宇宙の可能性を否定するものではなくて、むしろ肯定的な立場っぽいですかね?


津原泰水「土の枕」

“どこがSFなのかさっぱりわからない作品”枠だそうで。

親戚の昔話って、複雑でややこしいですよね。
どんなご縁なのかよくわからない方とかもいたりなんかして。
今はまだ両親が健在なので、どうにかなってますけれども、
自分が引き継ぐ立場になったら把握しきれるのかしら…


藤野可織胡蝶蘭

あんまり植物にはご縁がないのですが、このお話の胡蝶蘭さんはかわいらしいですな。

これは、胡蝶蘭さんのキャラクターが魅力的なのか、一人称主人公のキャラクターが魅力的なのか。

いちばんおもしろかったのは、最後の「著者のことば」だったりしましたけれども。


岸本佐知子「分数アパート(「あかずの日記」より)」

いや、そんな共通項、わかりませんってば。

腰の小さな弟さんがお元気そうでなによりです。

Fさんという人は実在しそうで怖いですな。
とくに自戒を込める気はありませんが。

のぞみより速いものがどうして当然なのかわかりません。

…ああ、なんだか、ツッコミが間に合わないって、こういう感覚なのかしら。


石川美南「眠り課」

あー、眠り課、気になりますね〜

わたしはうなぎになりたい


最相葉月「幻の絵の先生」

ノンフィクションの取材過程って、こういう、実際には形にならずに表に出なかった(かもしれない)部分が多いのでしょうね。

それにしても、星一さん、すごそうな人です。


Boichi「全てはマグロのためだった」

本書を通して唯一既読だったお話です。

この加速度的に拡散していく壮大さは、やはり素晴らしいです。


倉田英之(イラスト・内藤泰弘)「アキバ忍法帖

ええと、現代の秋葉原を舞台に、旗姫様をめぐって、十二人の「一芸に秀でた猛者」たちが戦います。

作中で実際に戦ったのは二人だけでしたが、他の十人も気になります。

山田風太郎さんは読んだことがないのですが、
こんなノリなら読んでみたいものですな。


堀晃「笑う闇」

漫才ロボットのお話です。

人間とロボットがコンビを組んでの漫才というのは、うん、おもしろそうですな。

相方が急激に成長していく姿には興奮しますね。
土壇場での臨界点突破とか、熱いです。
結果は悲しいですが、そこで生まれた熱量が広まっていくといいと思います。

たしかに、関西のほうが、ロボット開発の最前線っぽい印象はありますね〜


小川一水「青い星まで飛んでいけ」

人類の遺志を受け継いだ、自己増殖型の巨大宇宙船エクスさんが、
未知を探求して、異なる知性種と接触して、交流して、結婚を申し込んで、断られて、それでもなお外へ向かっていくお話、でしょうか。

エクスさんの子分の騒がしい子たちが楽しいです。

ミシマ、ヌマヅ、ハラ、ヨシワラという、どこか身近なところで見掛けることが多いような気がする名前の恒星群にニヤニヤしてみたり。


円城塔「ムーンシャイン」

中心となる数学ネタに関してはほとんどわかりませんけれども、
数字を別の感覚と重ねて認識できる共感覚、さらにそれが複雑になる多重共感覚、と膨らみつつ、
数字が擬人化されて人格を獲得したりと、
いろんな面があります。

なにより、恒河沙なんて桁が実用的に活躍している姿を見られただけでも、感激ものです。


伊藤計劃From the Nothing, With Love.」

007はほとんど存じ上げないのですが、
わたしは三人目だと思うから、的なお話だと思えばいいのかしら?

こういうのは、実写の映像作品を元ネタにした二次創作という位置付けが重要なのでしょうけども。

日本だと、金田一耕助じっちゃんあたりも、案外、こんな内面の複雑さを持っていたりして?

いや、女王陛下の存在が重要だとすると日本では難しいですか…

あるいは、古典文学の舞台劇あたりという手もあるかとも思いましたが、
舞台劇は舞台劇固有の内面心理がありそうですね。

やっぱり、実写の映像作品、それも、同一シリーズでもキャストが代替わりしていくような作品となると、やはりそれなりにユニークな存在ということなのですかね。





そんなこんなで、全15編、それぞれ色合いの異なる多彩で豊かなお話たちでした。

それにしても、SFは守備範囲が広いですな〜


また、巻末には、「2008年の日本SF界概況」が掲載されているのですが、
新世界より
ディスコ探偵水曜日
テンペスト
「聖家族」
「神獣聖戦」
と、自分が読んだわけでもないのに不思議と見覚えのあるタイトルが並んでいて、驚いたというかニヤニヤしたというか。

ぼくが読んだのは、
「ハローサマー、グッドバイ」
「エンジン・サマー」
だけですな。
あ、あと、もちろん「電脳コイル」も。